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都市計画 2018年7月号 動き出す、首都高の地下化

  7月(文月) 24節気 ⇒7月7日(土)〜小暑・7月23日(月)〜大暑

歩いて行ける三県境とダムカード

関東では例年になく早く梅雨が終わりました。梅雨が終わったら、夏、レジャーのシーズンです。今年はどんなプランをお考えですか? 近場の「歩いて行ける三県境」はいかがでしょう。

3つの府県が隣り合う地点は40箇所ほどありますが、そのうち、唯一平地にあるのが渡良瀬遊水地にある「歩いて行ける三県境」、栃木・茨城・埼玉の3つの県が接する地点です。渡良瀬遊水地は、この3県に群馬県を加えた4つの県にまたがる33平方キロメートルにまたがる湿地で、2013年にはラムサール条約にも登録されました。渡良瀬貯水池(谷中湖)を中心に、動植物の希少種が多く確認される自然豊かな場所です。

この遊水地は国土交通省利根川上流河川事務所が管理している施設で、渡良瀬川の上流で降った雨をこの広大な遊水地にある3つの調整池で受け止め、少しずつ下流に流して洪水を防ぎます。このために国土交通省では1960年代から現在に至るまで、この機能を維持する事業や、ヨシ原の整備や護岸の緑化といった環境保全を行っています。そして、この堤体に高さのない渡良瀬貯水池にもダムカードが発行されているのをご存知でしょうか。ラムサール条約登録5周年を記念した特別カードもあったとか。

今は自然豊かな渡良瀬遊水地ですが、足尾銅山の残渣の沈殿池として、村を廃止して作られました。「三歩で渡れる三県境」、自然、ダムカードを堪能し、歴史に思いを馳せつつ、楽しい夏をお過ごしくださいね。

動き出す、首都高の地下化
◆◆〜日本橋が青い空を取り戻す〜

この10年ほどの日本橋周辺の変化には目が離せません。再開発が進み、商業施設やオフィスが入居する高層ビルの新築が相次ぐ一方、日本橋のたもとに設置された船着場を拠点とするクルーズ観光も盛んになりました。そんな中、日本橋をまたぎ日本橋川の上に高架でかかる首都高速道路の地下化の事業が動き出しました。日本橋界隈の様子を変えると期待される事業です。今月はこの事業を通して、社会の意思決定を考えます。

「日本橋」は、東京都中央区にある橋です。初代の木造の橋は江戸時代、1603(慶長8)年に架けられました。当時は五街道(東海道、中山道、日光街道、奥州街道、甲州街道)の起点とされ、大店が集まる江戸でも最も繁栄した地域の中心に位置していました。まさに歌川広重の浮世絵の光景です。ちなみに今日の話題の日本橋は「にほんばし」と読みます。「にっぽんばし」は大阪の地名です。

現存する日本橋は石造二連アーチ橋です。日本橋としては19代目であり、1911(明治44)年に建設されました。建設当時は明治における日本の近代化、西洋化の象徴とされたとも言われています。関東大震災、東京大空襲などをくぐり抜け、現在の姿を保っており、国指定重要文化財でもあります。首都高速道路の建設では、建設期間と費用の節約のために、既存の河川や堀を埋め立てたり、あるいは上を覆う形式も用いられました。いわゆる、1964年の東京オリンピックの前に行われた突貫工事の一つです。日本橋も橋の真上の低い位置を、幅広い道路が高架で覆われる現在の状況となりました。

この首都高速道路を地下化して日本橋の上空から撤去したい、という声は以前からありました。国会には数十万人分の請願を届けられ、また、日本橋の清掃を行う活動が始められましたが、近辺の地下には地下鉄4路線が通るほか、上下水道や電力施設など、生活を支えるインフラ施設の管路が数多く埋設されているため、特に技術的に難しいものと考えられていました。しかし、東京オリンピック・パラリンピックの2020年開催が決定したことと前後して周辺の再開発が加速し始めたこと、高架橋の耐震化が重要視されるようになったことを受け、首都高速道路株式会社が竹橋JCT〜江戸橋JCT (2.9 km)の区間の維持補修計画を策定し、首都高速道路地下化の議論が一気に進みました。2017年に国、東京都、首都高速道路株式会社による検討が始まり、2018年5月には、一部である神田橋JCT〜江戸橋JCT (1.2km) を地下化するルート案が発表されました。1964年の東京オリンピック以来、50年以上にわたって日本橋を覆っていた構造物が撤去され、ついに青い空を取り戻すことが決まったのです。

安藤広重の日本橋 第19代日本橋 首都高速地下化ルート案

日本橋を覆う高速道路の撤去は明るい話題として捉えられると同時に、慎重な意見も示されています。理由の一つは事業規模です。地下化は、2020年の東京オリンピック・パラリンピック終了後に始まり、20年程度、数千億円かかるとも言われる大きな事業です。高速道路が撤去されても日本橋をめぐる景観が建設当時に戻るわけではないこと、地下化を実行する前に首都圏の交通、ひいては経済活動のあり方を見直すべきであるという観点から、このような大きな事業は慎重に進めるべきとの声もあるのです。

様々な議論があるのは、日本橋、そして高速道路が私たちの生活に密着しているからこそでしょう。19代目の日本橋は災害や戦争をくぐり抜け100年以上前の姿を残す東京の顔ですが、既に社会基盤を担っている首都高速を作り替えることは容易ではなく、だからこそ慎重に取り組まなければなりません。そんな中、社会が、東京の中心部でも青い空を見る環境を重視する方向に舵を切るこの事業は、もしかしたら社会の意思決定の転換点となる出来事となるかもしれません。