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特集コラム
~サステナビリティとキャリア~

大水害に備えて

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原稿を執筆している7月上旬、九州で扇状降水帯が発生し、集中豪雨により河川の氾濫などの大きな水害がもたらされました。この災害により被災された多くの皆様に心よりお見舞い申し上げます。

日本に住んでいる以上、台風や集中豪雨は必ずやってくる自然災害で回避することはできませんが、その被害を最小限に抑えられるよう日頃から備えておくことが命を守るために必要だと思います。

令和元年東日本台風(台風19号)を振り返る

昨年の令和元年東日本台風では、千曲川などが破堤し各地に浸水被害が発生しました。関東地方でも荒川の支川などの堤防が決壊しましたが、もし破堤すれば首都圏に大被害を与えるであろう利根川と荒川の本川はそれを免れることができました。当時、利根川の河川管理に従事していた友人は、3日間の徹夜での水防体制終了後「一時、本当に利根川の堤防決壊を覚悟した。」と振り返っていましたが、戦後最大の被害を与えた昭和22年のカスリーン台風を上回るおそらく100〜200年に一度の規模の台風でした。

利根川水系はそのカスリーン台風の被害を踏まえて、100年(本川は200年)に一度の大雨を想定した利根川水系河川整備基本方針(※1)に基づく治水整備が実施されていて、令和元年東日本台風ではその各種治水効果が最大限に発揮されたと言われています。
流域の雨水を貯留して河川の水位上昇を抑制する施設として、利根川上流域のダム群、渡良瀬遊水地、田中・菅生・稲戸井調節池などがあり、その他、首都圏外殻放水路や地下トンネルの神田川・環状七号線地下調節池などもフル稼働して首都圏や東京都心部を守りました。特に、日常は自然豊かな公園(現在、野生のコウノトリが子育て中)として観光客を集めている渡良瀬遊水地の貯留量が試験湛水中だった八ッ場ダムを含めた上流ダム全体の貯留量を超えた(ダム群が約1.45億m3に対し、約1.6億m3)というのは驚きです。

図1 令和元年東日本台風での貯留状況

『令和元年東日本台風(台風第19号)』出水速報(第4報)令和2年4月10日 国土交通省関東地方整備局より

さて、上述の河川整備基本方針には、既存の出水記録や流域の降水量から出水時の最大流量として設定された計画高水流量(図2)に基づいた河道計画、整備施設の検討などがまとめられています。流量の検証は数値シミュレーションにより行われ、実際の出水や新しい整備計画によって条件が変わる度に検証を繰り返し、精度を向上させています。そして、それらの検討を行っているのは、主に建設コンサルタントです。基本方針で、河川整備・治水の検討の概要がわかりますので、治水・防災の仕事に携わりたいと考えている方は、是非目を通してみてください。

図2 利根川計画高水流量

流量は100年に一度(本川は200年に一度)の洪水を予測し、これを超えると氾濫が起きる可能性があります。計算された流量は、各種治水施設・整備の効果を含めていますので、渡良瀬遊水地や調節池からの流入量はゼロ(図の赤丸部分)になっています。(※1利根川水系河川整備基本方針より)

水害への備えと対策

上記のように国や自治体による主にインフラの防災整備は進んでいますが、それでも日本に住んでいる限り台風や集中豪雨は毎年のようにやってきて、被害に遭う確率はゼロにはなりません。地域の状況を知り、台風近接における避難を含む行動の判断など日頃からの備えが大切になります。

ハザードマップでの確認

自治体のホームページに、洪水浸水想定区域図や土砂災害危険箇所などのハザードマップが掲載されていると思います。これらのマップの被害想定区域に自宅や職場等が含まれていないか、含まれているとすればどの程度の被害が想定されているのかを確認しましょう。
例えば、自宅周辺に氾濫を起こすような河川がない場合でも、荒川などの大河川が氾濫を起こした場合は、広大な範囲が浸水被害を受けます。図3は、荒川水系で想定される最大規模降雨での浸水域 (※2)ですが、東京の荒川区、墨田区などは区のほぼ全域が浸水すると想定されています。

図3 荒川水系ハザードマップ(最大規模降雨)

国土交通省関東地方整備局荒川上流河川事務所、国土交通省関東地方整備局荒川下流河川事務所(平成28年5月30日)

人が歩ける水深は50cm程度まで、車は30cmまでと言われていますが、万が一破堤した場合、一気に川から水が流出するため急流となり、家屋が倒壊したりしますし、水深が浅くても歩いての避難は危険になります。普段、近所を散歩しながら周辺の土地の高低差や河川との距離等を見極めて、避難する時の安全な経路も検討しておくと良いでしょう。

台風の進路の確認

台風の進路予測は、世界一の速さを誇るスパコン富岳を利用した気象庁台風情報(※3)とアメリカ海軍の台風情報 Joint Typhoon Warning Center (JTWC)(※4)の信頼性が高いと言われています。両者が一致すればまず間違いなく予想される進路を進むと考えられます。

雨量、河川水位、ダム情報などのリアルタイム収集

台風近接のときに必要な情報は、台風の進路や降水量に加えて河川の水位や上流のダムの貯留情報です。国土交通省防災情報提供センターの川の防災情報(※5)にはこれらの情報がまとめられています。どこの水位やダムを確認すれば良いのか、予め必要な地点を検討してブックマークしておきます。台風直撃の時にはアクセスが集中してサイトへ入れないこともありますので、NHKのニュース・防災アプリ(※6)やYahooの水位情報(※7)など複数のアクセス先もチェックしておきましょう。

避難行動への判断

河川の氾濫の危険度は、氾濫危険水位>>避難判断水位>氾濫注意水位です。市町村から避難準備情報などが発表される目安となる避難判断水位から準備を始め、氾濫の危険度が増す氾濫危険水位で避難を開始すると良いとされていますが、降雨の強度により水位が急激に上昇することもありますので、避難所への距離や水位の上昇状況を踏まえて建物上階への避難に留めるという判断も必要になります。

最近はSNSで専門用語も含めた情報が飛び交うため、状況判断がかえって混乱したりします。緊急事態への判断材料として覚えておきたい「計画高水位(H.W.L)」と「ダムの異常洪水時防災操作(緊急放流・ただし書き操作)」について最後に説明します。

計画高水位(H.W.L)

100〜200年に一度の大雨が流域に降ったと仮定された最高水位で、これを元に堤防の強度や高さが整備されています。実際に河川水が越流するまでにはさらに数メートルの余裕がありますが、防災施設としての堤防の限界の目安になります。

ダムの異常洪水時防災操作(緊急放流・ただし書き操作)

ダムの貯水位がサーチャージ水位(洪水時最高水位)を超えることが予想されるときに、ダムからの放流量を流入量まで徐々に増加させる特別な放流操作です。この操作を実施するとダムの貯留水が一気に放流されて下流で水位が急に上昇する印象を受けますが、流入量以上の放流はしません。ただし、下流の水位がすでに限界まで上昇していると越流などが起きる可能性があります。

古くは武田信玄の信玄堤や江戸時代の利根川東遷など日本の水防は水害との戦いでした。台風・集中豪雨は避けられない災害ですが、正しい情報判断と知恵で命を守りましょう。

記事掲載日:2020年7月9日

著者プロフィール:
中村 恭子
(なかむら きょうこ)

早稲田大学 理工学部応用化学科卒
大手建設コンサルタントで、河川、湖沼の水質保全、環境アセスメント等の業務を約25年間担当。
技術士(環境部門、情報工学部門)、公害防止管理者(水質第一種)