MENU

特集コラム
~サステナビリティとキャリア~

正しく恐れるとは
-リスク評価について-

技術・科学 注目・話題

新型コロナ感染症、8月初旬時点では東京をはじめ全国で感染者数が急増しており、とても終息が期待できる状況にはないようです。感染症が広がり始めたころ「正しく恐れる」という言葉を耳にされたことがあるかと思います。私はこれまで航空機や列車の安全について長く研究してきました。その目的は、航空機や列車を利用するときの危険(リスク)について分析・評価し、想定される危険を減らして旅を安全、安心なものとすることです。このため想定されるリスクを「正しく恐れる」ことの重要性は身に沁みついており、コロナ感染症でもリスクの分かりやすい説明を期待していたのですが、あまり見当らないようです。
そこで、本稿では私のこれまでの研究に基づきこの「正しく恐れる」について、ご理解いただきやすいようご説明します。

航空機や列車の安全を考えるとき、私たちはまずその安全を脅かす要因をすべて洗い出します。航空機の場合、その要因は膨大な数となります。その個々の要因(例えば飛行中落雷に遭遇する など)について、どの程度のリスクかまたどの程度の頻度で発生するかの二面から解析します。図1をご覧ください。これはリスクマトリクスと呼ばれ、横軸はリスクの深刻度、縦軸は発生頻度です。この深刻度と頻度は評価の対象によって変わります。例えば、鉄道システムで「破局的」とは複数の死者や深刻な車両や周辺環境の破壊が発生、「軽微」とは少数の軽傷者、軽微な車両や周辺環境の破壊が発生、などと区分します。一方、発生頻度の「しばしば」は1年に10件以上、「あまり起こらない」は1年に0.01件(100年に1回)以上とします。R1からR4はリスク分類で、R1は極めて被害が深刻で、許容できない、R2はR1ほどではないが重大な被害が生じ、望ましくない、R3はリスクの軽減策があれば容認できる、R4は大きなリスクは考えらない、と評価します。航空機や列車では一つの装置の故障が破局的な被害を引き起こすとき、その装置は使わない、又は被害を軽減する手段を追加してリスクレベルを少なくともR3まで下げることが必要となります。

この評価法をコロナ感染症に当てはめてみましょう。一人の方が感染、死亡に至るリスクを評価します。最近の公式資料や文献などからコロナ感染症に関する主な数字を上げると以下となります。

  • (1) 感染者の割合:7% (※1)
  • (2) 感染者の重症化率:2% (※2)
  • (3) 感染者の死亡率:20代0.0%、40代0.4%、60代4.7%、80代28.3% (※3)
  • (4)マスクの効果 感染率79%減 (※4)

まずあなたが1日100名の方と濃厚接触するとします。(1)から接触した100名のうち7名が感染者とみなせます。感染者と濃厚接触したときあなた自身が感染する確率について現時点で明白な情報はないようです。
そこでここでは確率を50%と仮定しますと、7名との接触で99%以上の確率であなたも感染することになります。
しかし、(2)から感染者の重症化率は2%のため、98%の確率であなたは無症状又は症状軽微となり、リスク深刻度は図1の無視か軽微と判断できそうです。
ただし、(3)死亡率には注意が必要で、年齢が40代以下の方は小さいですが、高齢になるほど無視できない数字となります。

さて、この感染リスク低減のためマスクを着用しましょう。
すると、(4)から感染率は80%近く低減できそうです。さらに、濃厚接触の機会を1日10名に減らすと、感染の発生頻度は約0.02程度となり、リスク頻度が2段階下がると期待できます。
すなわち、リスク深刻度が軽微又は無視の人々のリスクレベルはR2又はR3となり、少なくとも極めて深刻な被害を覚悟するレベルではなくなると言えます。
ただし、高齢者の場合、感染後の死亡率は大幅に大きくなり、R3レベルまでリスクを緩和するのは容易ではなさそうです。

図1 リスクマトリクス

以上、コロナ感染症のリスクは自らの年齢や行動などで大きく変わることがご理解いただけたと思います。
一般のメディアではこの感染症リスクについてともすれば最悪の状況を想定して報道します。これはある意味やむを得ないかもしれませんが、報道をうのみにして自らの行動を縛ってしまうと、今度は別のリスクが高まることは周知のとおりです。
すなわち、自らの年齢、どの程度の頻度で濃厚接触が起こりうるかなどを正しく把握、リスクレベルを自ら見積ってその緩和策を考えることが重要となります。それこそがリスクを「正しく恐れる」ということだと私は考えます。

記事掲載日:2020年8月18日

著者プロフィール:
山本 憲夫
(やまもと かずお)

1975年岡山大学大学院工学研究科修了、運輸省電子航法研究所入所。航空用電子機器などを研究。仏ニース大学とミリ波レーダに関する国際共同研究リーダー。東京海洋大学で海上航行の研究と教育担当。元電子航法研究所理事長。現在は大手シンクタンクで鉄道技術の国際展開支援のための調査、研究を担当している。