株式会社TREE
クリエイティブ・ディレクター
酒井 美紀さん
今回取り上げるのは、環境ビジネスでは珍しい 「クリエイティブな職種」で働く人です。環境や社会への関係性が強いお仕事のうち、 ウェブのデザイナーや出版物のディレクターなどの職種の募集は極めて稀です。 2011年4月、環境job.net(現エコリク)を通じて環境グローバル映像メディア「Green TV」の日本語版の製作運営会社 である合同会社Green TV JAPAN(現 株式会社TREE)へディレクター職としてご入社 された酒井美紀さんにお話を伺いました。
酒井さん、お久しぶりです。以前環境job.net(現エコリク)で転職されてから約半年が経過しましたが、今回は見事転職に成功した酒井さんに、これから環境ビジネスへの転職を目指す方々の何らかのヒントになればと、ご経歴やスキル、転職時に重視した点などをお聞きできればと思いお伺いしました。本日は何卒よろしくお願い致します。
よろしくお願いします。
Q.それではまず、学歴や専攻していた分野をお聞かせください。
高校は進学校だったのですが、当時私はあることがきっかけで、普通の大学からデザイナーへと自分の希望進路を急遽変更しました。卒業後はなんとか、芸術系の短大に進学することができ、インフォメーションデザイン学科(グラフィックデザイン学科)に所属しました。 建築や洋画、日本画、彫金など色々な学科がある短大でしたが、私が所属していたグラフィックデザイン学科は途中で名称が変わり、インフォメーションデザイン学科になっています。
Q.進路を変更することになったきっかけを教えていただけますでしょうか?
高校時代、病院で寝たきりであった祖父に面会したとき、「病院の天井が無機質なものではなく、もっと楽しいデザインであればいいのに」と思ったことがきっかけです。 そんな事を考え始めると、多くの人が気を落としがちな病院において、例えば車椅子にもっと色々なデザインがあれば、などと思うようになり、では実際にそれを手掛ける人はどんな仕事の人なのかと調べると、「デザイナー」という職の存在が浮かび上がってきたのです。 色々調べるうちに、世の中には自分が考えたような様々な問題を、デザインで解決しようとしている人や会社があることを知り、私もそれらに対し、デザインで取り組みたいと考えました。
Q.卒業時には、どんな就職活動をしていましたか?
1994年に短大を卒業した時は、折しも第一次就職氷河期で、希望する職に就くことが難しい時代でした。最初は普通にスーツを着て面接を受けていましたが、全くどこにも受かりませんでした。新卒で仕事のキャリアや経験も無く、学生作品なんて大してアピールにもならない。受かるためにはどうすればいいのか、自分なりに考えて、とある戦略に打って出ました。それは、「履歴書」そのものをデザインすること。初心者マークを真ん中に描き、その中に特技・スキルを書き、マイクロミニスカートと真っ赤なヒールの高い靴を履いて面接を受けたところ、最初に受けた会社で受かりました。私の場合、デザイナーという職種柄、スーツを着て「あなたの会社に染まります」という姿勢で就職しても、アピールにならないし、ましてやデザイナーとして生き残れないと考えました。他の職種であっても、マニュアル通りの就職活動をするのではなく、自分なりに考え、想像して実践してみることが大切だと思います。
受かった会社とは変わった出会い方をしました。他の会社の面接のために訪れたビルで、その会社の方に声を掛けられ、面接を受けることになりました。そこで自分でデザインした履歴書が決め手となり、その場で内定を頂きました。本来希望していた会社ではなかったものの、会社側からの熱烈なお誘いにより、この時は半ば押された形で就職先を決めました。
Q.短大を卒業した後の、職歴や仕事内容をお教えいただけますか?
最初はゲーム会社でインターフェース(GUI)デザインの仕事を1年、次に新聞社でウェブサイト制作の担当を1年半、ウェブ制作会社、総合デザイン会社をそれぞれ1年渡り歩き、フリーランスのデザイナーとして独立しました。そののち、環境job.netを経由して現在の株式会社TREE(旧合同会社Green TV JAPAN)に就職しました。
最初に入社した企業はデザイナーだけで15人を擁する、大手ゲーム会社のグループ会社でした。そこでゲームのインターフェース(GUI)デザインを1年ほど担当していました。 しかし、その頃会社自体の経営が危ないという社内の噂を聞き、自分のキャリアアップのためにも、退職して次の仕事を探す決意をしました。
ゲーム会社を退職した後、しばらくおでん屋さんでアルバイトをしていたのですが、その時お客として来た新聞社の方にお誘い頂き、大手新聞社のウェブサイト制作部門に就職することとなります。
その頃はその新聞社のウェブサイトも出来てやっと6ヶ月目で、まだ多くの方が「メール」というものにも慣れていない時代でした。丁度インターネットに関して世の注目が高まっていた時期で、この頃はウェブサイトに関し独学や仕事を通じ、色々な事を吸収しました。 それまでゲーム会社でデザインをしてきた私にとってはウェブサイトに関する知識はほぼ無く、HTMLは3日で何とか使いこなせるように努力しました。また、この時ゲーム会社で学んだ「引き算のデザイン」は、限られた色数で展開される、同じコンピュータ上で表現されるウェブサイトの制作でも役に立ちました。
このほか、この新聞社での仕事では、基本的なウェブ制作に関するスキルを身につけられたほか、記事執筆やウラをとる作業など、メディアでのノウハウをはじめ色々なことを学ぶことができました。トップページデザインを任せて頂いたりもしましたが、入社から1年後、新聞だけでなく色々な業種のクライアントと仕事をしたいと思ったこと、また、イタリア留学の費用を貯蓄する目的のため、ウェブサイトの制作会社に転職しました。
この会社での業務はウェブの制作です。主に内勤でしたが、時折営業員とともにクライアントとの折衝に出向き、ウェブサイトの制作に関し交渉を行うこともありました。この時の営業の経験が後にフリーランスとなった際も生かされました。
この会社に入社し1年後、ようやく目的の留学費用が貯まり、イタリアへと留学しました。語学はフィレンツェ、デザインはミラノの学校でと掛け持ちする形でしたが、歴史あるイタリアでデザインを学べたことは、大変自分自身の価値となり、いくつかのデザイン学校とは今でもお付き合いを続けています。
Q.イタリア語は身に付きましたか?
語学は滞在期間中にはあまり身に付きませんでしたが、デザインに関しては言葉がわからなくとも、大体何を言われているか判ったため、理解するのにさほど支障は感じませんでした。
留学から戻ってきた後は転職活動を行い、ここで初めて色々なもののデザインを行う総合デザイン会社への転職に成功します。 当初の目的からすると足掛け4年、この会社ではようやく空間やインテリア、ファッションなど、生活を取り巻く色々なもののデザインに携わることができるようになりました。請け負っている仕事も有名なものなどがあり、デザイナーとしても非常に質のよい仕事に巡り会えました。
仕事は充実していたのですが、この会社での業務は激務で、入社して約3年後、体調を壊しドクターストップの宣告を受けてしまったのです。当時の会社では、理解は得ることができませんでした。体調不良を訴えても業務量は変わらず、手術のための入院が決まってもなお冷たい会社側の対応に私自身信用することができなくなり、退職を決意しました。 手術が無事成功すると、今度は今までのスキルや経験を活かし、フリーランスとして働くことにしました。今までの経験で受注から納品に対応できるだけの経験と、空間からプロダクトまでの制作物に加え、デジタルコンテンツに関しても対応可能であったためです。
結果的に、この時の経験は前職での仕事の質を上回りました。会社に所属していた頃と違い、クライアントがある程度私のデザインの特色を理解した上でオーダーを頂けるため、私自身自分の能力を如何無く発揮し、またクライアントのオーダーに応えることもできたからです。
Q.これまでのご経験をお聞きすると、最後の会社で総合的なデザインができる企業に辿り着くまで、一貫して迷いのないキャリアを歩んでいらっしゃいますね。
はい。一回目の転職の際は、将来家庭を持ち子どもがいても、自宅でも行える仕事のスキルを身に付けたいと思っていたため、ウェブ関係の仕事を選びました。各企業ではそれぞれ1年程度の所属ですが、それぞれの場所で学べるスキルを大まかに亘る把握し、それを完全に身につけてから転職するようにしています。
Q.独立される前の、総合的なデザインを手掛ける会社では、それらデザインによる問題解決には取り組めていましたか?
ある程度実現できていたと思います。その会社で請け負っていた仕事はウェブ、家具、グラフィック、イベントなどに亘っており、当初デザイナーを目指した原点である、生活の中で触れる様々なものに対し、仕事としてデザインを担当することができました。最初からこの会社に入っていれば、もっと早く色々なスキルがついていただろうと思います。
Q.ここまでのお話では、「環境」というキーワードは全く出てきませんが、そういうものを認識し始めたのはいつ頃ですか?
時期としてはフリーランスとして仕事をしている頃です。デザイナーをしていると、様々なもののデザインを考える上で、確認のためにデザイン案を印刷します。印刷することで色が違って見えたりするため、確認することも重要なのですが、大量に紙を消費してしまいます。その時、「印刷しても、もう一度真っ白な紙に戻って再利用できればいいのに。」と思いました。
そこからはもう一直線で、この問題の解決方法を探し始めました。デザインの確認に使う紙は、場合によりますが多少質が悪くてもよく、普通の紙と同じでなくともよいはずであるため、そもそも環境負荷の低い紙を調べたり、自分で再生紙を作る道具を使ってみたりしました。自分がデザイナーとして関わっていく中で消費する、「紙」の非効率な消費に対する疑問から環境問題へ意識が向きました。
Q.では、現在のTREEに入社する前は、「デザインで何らかの問題解決に取り組める」ことと、「環境に関する問題に取り組むことができる」ことの2点が転職の条件になっていたのでしょうか?
いえ、その頃は問題解決の手法としてデザインに拘ることはなくなっていました。フリーの頃には、様々なNPO団体などからお仕事を頂く中で、彼ら自身が作成したもの、出版物やポスター、パンフレットやイベントなどで、「わかり易く伝える」ための最低限のデザインが全くできていない事を知りました。 ちゃんと活動している人たちの情報が「うまく伝わっていない」。これは惜しいですよね。集まってくる色々な情報をうまくまとめ、伝えきれていないことが多いのです。
実は、デザインに関する知識は、身につければ様々な場で応用が利きます。チラシやウェブ、イベントなど媒体が何であれ、誰かに何かを伝える時は、必ずしも「カッコよく」とか「きれい」である必要はなく、文字の大きさや配置などで「わかりやすく」、「読みやすく」表現することが大切なんです。それは「デザイン」の問題です。 私には「うまく伝える」ためのデザインスキルがある。そのスキルを生かして、環境問題において伝えなくてはならないことを分かりやすく伝えること、環境問題に取り組んでいてもビジネスとして成り立たせること、この2点を軸に転職先を探していました。ですので、「デザインの仕事をしたい」という思いで職を探してはいませんでした。
そういう面では、持続可能な社会の実現を企業ミッションとして掲げ、コンサルティング・コンテンツ・メディアの3事業を手がける株式会社TREEは自分の希望を実現できる、私にとっていい会社だと感じています。
Q.入社された合同会社Green TV JAPANは最近合併したとお聞きしました。
はい、合同会社Green TV JAPANは、2011年10月7日、株式会社テレフォニーと合併し、現在の株式会社TREEとなりました。現在は大きく分けてコンサルティング事業、コンテンツ開発事業、メディア事業の3つの事業を持っています。このうちメディア事業では、「ただ映像を作り放送するだけではなく、様々なステークホルダーと"対話し"(根を張り)、映像作品を"作り"(葉をつけ)、多くの人に情報を"伝える"(実をつける)ことによって、日本の地域の文化を伝えたり、活性化したりすることにより、様々な輪が繋がってゆく持続可能な社会を実現する」というミッションを据えており、このコンセプトツリーの存在も、新しい社名に一役買っています。
Q.現在はどのようなお仕事をされていますか?
当社のメディア事業では、"地球を学ぶ映像資料図書館"として「Green TV JAPAN」のウェブサイトの運営、「Green Channel」というBS放送(スカイパーフェクTV、各種ケーブルTVなど)のチャンネルで当社の番組を放送しています。
Green TV Japanのウェブ上では、「生物多様性」や「食」、「カルチャー」など、様々なカテゴリに分けられた映像作品を無料で視聴することができ、インターネットという媒体を通して能動的に学習できる関心の高い層に向けた情報発信を目指しています。
また、Green Channelの番組は平日10:00~11:00の間で、"千年の過去から千年の未来へ"をテーマに、日本の自然環境や第一次産業の価値観を見直し、自然と共存する持続可能な社会を未来の子供たちに引き継ぐことの重要性を、比較的関心の低い層にも判りやすく、親しみやすい表現で伝えられる内容となっています。
現在の私の業務はこれらメディア事業のプロモーション担当です。 最近ではFacebookやTwitterなどのSNSを活用した番組の宣伝や、視聴者からのフィードバックを収集・分析すること、また、番組制作を進めていく上でマスメディアがもつ幅広いネットワークを利用し、日本各地のコンテンツに関わる様々なステークホルダーを繋いでゆくのが主な業務となっています。
Q.現在の仕事において、やりがいや楽しみ、難しさなどを感じることはありますか?
楽しみという点では、デザイナーとして働いていた時は、ウェブサイトの制作のみで運営をしたことが無かったのですが、多様な方々とコミュニケーションを取る上でレスポンスが得られたとき、例えばFacebookの「いいね!」ボタンを押して頂いた時などは、小さいかもしれませんがやはり嬉しいものを感じます。また、社長とビジョン・ミッションが一致していることもよい点だと思います。
TREEのような会社で仕事をしていると、環境問題や社会問題などに多く触れ、知る機会が自然と多くなりますが、個人的にはそれら問題を解決したい(貢献したい)という気持ちはそう強く意識していません。あくまで個人的な感覚ですが、そういった興味深い事柄や問題を知り、有効利用や解決の方法を模索するプロセスを面白いと感じるのです。言わば仕事上で触れるものの好奇心・探究心にやりがいや面白さを感じています。そのような仕事をさせて頂けていることに関して、会社には深く感謝しています。
逆に難しい点としては、企業様にGreenTVJAPANのコンセプトを理解して頂くこと、またご紹介させて頂く企業様にも利益が還元できるビジネスモデル作りです。GreenChanel1では、地方の環境を考慮した商品を紹介したりするのですが、CMを流すわけではなく、こちらが取材した状況を番組として放映しています。しかし、取材させて頂いた企業様は商品を売りたい。そんな中、GreenTVJAPANの放映スタイルを、協賛して頂ける企業様にどれだけ理解して頂き、一緒に伝えていけるのかが課題です。 また、例えば過疎化した地域でみかん農園を経営し、品質のよいみかんを売りたいと思っている方がいらっしゃったとする、そこに取材して応援してあげたいが、取材するにも撮影、編集など経費がかさみます。そのお金をどう生み出すのか。どういうビジネスモデルであれば、企業様もお金を払って協賛して頂けるのか、そこが私が今一番考えているところで難しいところです。ビジネスとしての仕組みを確立し、いい情報を早く伝え、もっと協賛企業様へ利益が還元できるといいな、と思います。
Q.今から環境や社会貢献度の高い仕事に転職しようと考える人々へ、何かアドバイスがあればお願いします。
「環境ビジネス」というもの自体の幅が広すぎて全ての職業に当てはまるかはわからないのですが、例え特定の専門分野に関し深い知見を持っていて自信を持っていても、その専門家としての視点に縛られずに、違った立場からの幅広い視点を尊重できれば、多くのシーンにおいてより柔軟に対応できたり、より正しい判断ができるようになると思います。
転職する際においても、自分が重視している点だけ見て転職先の条件を決定したり、特定の情報源に頼って会社の情報を調べるのではなく、今まで自分が優先していなかった条件や、別の情報源から転職先企業の情報を調べてみるなど、様々な視点から新しい仕事の選択、実行にアプローチする事が大事なのではないかと思います。
貴重なお話をありがとうございました。
ありがとうございました