現在は1つの生き物だけではなく、仕組みや大きなシステムを明らかにする、予測をするとかそういうことに学問分野として流れがあるということでしょうか。
もっと根っこの部分からいろいろ考えていけば問題解決の糸口に 要するに材料は違うだけで、仕組みの根本はそんなに変わらないんです。でも、実際の研究者を見るとそうではない。外来生物の問題と増えすぎた野生動物の問題は、取り組んでいる研究者は全然違います。でも、将来を予測するとか仕組みを解き明かすという意味では違うはずないんですね。その辺はまだまだ日本は研究分野が細分化されすぎていると思います。僕なんか結構いろんなことをやっているので見えるのですが、違いより共通性の方がはるかに多いと思いますね。違うのは、人間の考えが固まっているだけ。もっと根っこの部分からいろいろ考えていけば問題解決の糸口になると思うのですが。でも、この10年で日本の生態学もそんな風になってきたなと感じています。
生態学と一般に聞くと、何か特定の生物に関して絞って研究されているように思うんですが、実はもう少し広い、仕組みやシステムを解き明かすというような学問なんですね。 先生は日本生態学会の会員でもいらっしゃるということですが、どのような組織なのでしょうか。
取り組みは非常に先駆的で高く評価されている
1953年に設立された学会です。生物系の学会の中では中程度の歴史を持っています。会員は約3700人で、ここ20年くらいで急増しました。東京で大会をやれば2500人くらい来るかな、地方でも2000人弱が集まる学会です。大会は、年1回3月に全国大会をやっていまして、東京だけでなく、それぞれの地方で満遍なく開催しています。
個人が申し込んで発表するポスター発表や一般講演とシンポジウムなど、一年間の研究成果を発表する場ですが、他にフォーラムというのが別にあって、そこにはキャリア支援フォーラムというものもあります。これは純粋な研究を議論する場ではなく、周辺部分で我々生態学者とか学会が関わるべきことをやっています。今、私は若手のキャリアパスを広げることを目的にしたキャリア支援専門委員会に関わっています。ここでの取り組みは非常に先駆的で、30近くある生物科学系の学会の中でも、高く評価されています。
こうした取り組みの背景はどのようものでしょうか。
予測を含めた解析に取り組む若手が増えています 分子生物学や生化学の学会から比べると、生態学という分野は就職先が不透明であるということが一番大きかったと思います。この分野は、20~30年前は大学院の修士クラスで専門的なことをやっていても全然関係のない企業や行政の事務職などに就職することが普通でした。今でもその傾向はありますが、最近は我々が身に着けたノウハウ、つまりGIS解析や統計解析などですが、それを評価してくれる企業もあります。マクロな生物学の解析では、予測を含めた解析をしないと始まらないことが多いので、そうしたことに取り組む若手が生態学会の中でだいぶ増えています。もちろん全部がそうなっているわけではなく、昔ながらの観察も大事ですし、残念ながらそれで終わっている研究も少なくありませんが。また予測にも色々ありまして、ある時点で面的に集めた情報を使って予測するものもありますし、時系列データを使って将来を予測するものもあります。ただ予測には不確実性が当然あるので、不確実性をどうやって評価するかや、不確実性が評価しようがない場合はシナリオ分析でシナリオ立てて、こうすればこうなりますよ、といった予測もあります。有名な温暖化シナリオは世界的にIPCCでやっている「経済を今のままやっていくと2050年や2100年にどうなる」というものですね。シナリオを独自に作ることはなかなか難しいんですけど、そこから導き出された気温や降水量などのデータを使って、自分たちが作った統計モデルで予測していくことは結構やり始めていますね。
一般にも統計解析の重要性は認知されてきていますよね。会員には学生も多いのでしょうか。
正確には分かりませんが、だいたい学生は1000人くらいだと思います。全国で国公立、私立あらゆるところから集まっています。ただ学生の場合は入れ替わりが激しいので、動的平衡でそのくらいの数だと思います。
学会に加盟している学生は、先生から見るとどういう特徴、能力を備えていると思われますか?
生き物や自然が好きという気持ちは当然強い
まず役に立つかどうかは別として、生き物や自然が好きという思いは当然強いですね。それは昔も今も変わらない共通の部分ですが、さっきお話しした通り、それだけでは趣味でやっていくのと変わらない。社会の役に立つ研究が生態学の場合では、非常に重要になっています。
生態学の特徴を分子生物学と比較すると、一番の違いは、確実性の高い実験は生態学ではあまりできないことです。ある遺伝子を潰したら何が起きるか?ネズミとかを使ってやるとその遺伝子がどういう機能を持っていたかが逆にわかるわけですね。その場合、統計は一応使うとは思いますが、統計を使わないと差がわからないくらいだとあまり意味がない。標準偏差とか標準誤差を出せば十分という世界で、ある意味で生態学とは対極にあります。要は実験することがなかなか難しいわけですね。そうなると、自然界でみられるパターンからメカニズム、因果関係を類推する作業がすごく大事になってくる。もちろん野外実験、つまり野外で何かを取り除いてその影響を見る手法も使うのですが、スケールがどうしても限られます。だから、いろんなパターンから因果を抽出する、推定するという作業が多くなりますね。
そうなる統計を使うしかありません。統計学はもともと社会学や経済学で発展してきたんです。僕らが駒場の教養学部時代は、統計学は社会系の先生が講義をしていました。もちろん社会系の人は統計のできる人とできない人の差が大きいんですけど、できる人は凄くできる。人間社会では実験はなかなか出来ない、今は一部で社会実験とかやっていますが、限定的です。経済とかで実験やったら大変なことになる。ですから、因果を解くために統計的なツールが発展してきたんです。今は、統計手法だけで見れば生態学が追い抜いて高度化が進んでいます。もちろん大学とか研究室とか指導者によってバラツキはありますが、大なり小なり訓練されているのは間違いないです。
生態学と統計、データ解析というのは非常に密接なんですね。
現場感覚を持ちながら尚且つ解析もできるという点が長所
ほぼ一体化している感じですね。なかにはビッグデータを扱うことに慣れている人もいる。まだそんなに多くはないですけど。今巷に「最強の統計学」といった本がありますね、あの人たちが言っている事を私たちはよくわかるんです。ビッグデータは宝の山だと。本当の統計のスペシャリストに比べれば未熟ですが、逆に野外を見ていたりするんで、現場感覚を持ちながら尚且つ解析もできるという点が長所と思います。そうした学生はまだ多数ではありませんが、他の学問分野に比べると断然多いと思います。
それ以外にも、フィールドワークはみんな好きで、忍耐力があって、泥臭いフィールドワークに慣れています。普通の実験系の人とは違うでしょうね。海外の途上国とかに行って仕事をすることが好きな人は結構いると思います。
宮下 直(みやした ただし)
東京大学大学院農学生命科学研究科生圏システム学専攻教授(農学博士)。1961年、長野県飯田市に生まれ、伊那谷の豊かな自然の中で育つ。生き物好きの父や飯田高校時代の生物教師の影響で、トンボやチョウなどの昆虫の生態に詳しくなった。
1983年に東京大学大学院農学系研究科修士課程林学専攻を修了。92年「ジョロウグモの生活史における生態的制約と適応」により、博士(農学)を取得。以来、クモ研究者たちとの交流も深まり、2012年から日本蜘蛛学会を率いる。
著書
- となりの生物多様性 ―医・食・住からベンチャーまで 工作舎(2016年)
- 生物多様性のしくみを解く:第六の大量絶滅期の淵から工作舎(2014年)
- 群集生態学東京大学出版会(2003年)
- 生物多様性と生態学:遺伝子・種・生態系朝倉書店(2012年)
- クモの生物学東京大学出版会(2000年)
- 外来生物:生物多様性と人間社会への影響裳華房(2011年)