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環境ビジネス情報

特集コラム ~サステナビリティとキャリア~

「越境」キャリアが切り開く、
これからの生態学

東京大学 自然環境学専攻 生物圏機能学分野
准教授 鈴木 牧 様

インタビュー キャリア

珍しい経歴なのですね。業務で大きな変化はありましたか?

珍しいかもしれませんね。博物館に行く前は、それまでやっていた樹木の個体形成の分野で自分がどういう風に研究を進めたら良いか、少し煮詰まっていた時期でした。そこで、思い切って違うことをやってみたらどうかと当時の受入機関の先生にも言われまして、全く違うことをやってみたという経緯です。やってみたらすごく面白くて、それまで私はGISや、シミュレーションはあまりやっていなかったのですが、そういうスキルがどんどん必要になり、必死でやりました。そこで自分のできることの幅が広がったというのがありがたかったですね。自分の出身分野の人たちが当然だと思っているようなこと、例えば言葉の使い方一つについても、「密度」といってもそれが何の密度かと聞かれたり、「数」というと何の数なんだと聞かれたり。同じ分野の人たちだけで話をしていればそこまで説明する必要はないんですが、他の分野の人たちと話す時は、「あ、こういうこともちゃんと話さなければいけないんだ」とか「どこから説明しなければいけないんだ」と考えるようになって、そういう意味でもすごく勉強になりました。

その頃、東京大学と千葉県と国立環境研究所の人たちが参画している千葉県房総半島のニホンジカ保護管理の大きなプロジェクトが動くことになりました。そこで当時募集が出た人材が、「植物ができてGISができてシミュレーションができる人」ということで、まさに私が当時やっていたことだったので、プロジェクトに参加できることになりました。すごく運が良かったと思っています。
もともと、房総半島の中でのニホンジカの数の分布をずっと県の研究者の方々が調べていて、1990年代後半からデータがありました。それはものすごく稀有なことで、日本でそこまで広域に亘って細かい空間精度で、どこにどれくらいシカがいるかわかっているというのは、多分房総しかないと思います。こんな素晴らしいデータがあると、ニホンジカが増えると植物がどう減っていくのかが、それぞれの地域で植生調査をするだけでわかるのです。横軸にシカの密度をとって縦軸に植物の状態をとって、両者の関係のグラフが1年で書けてしまう。そんなグラフが日本で描けるところは多分他にないんじゃないか?これはすごい!ということで、その研究を精力的にやるようになりました。

横軸にシカの密度をとって縦軸に植物の状態をとった時に、普通は単純に右下がりになるだろうと考えます。当然シカが増えれば食べられる植物も増えますので、たしかに量としては減っていくのですが、植物の種類は必ずしもそうはならなくて、1回増えてから減るようなことが予想されます。全くシカがいないときは,光や水の資源を植物が奪い合って、競争に強い種だけが残るので、植物の種数は減っていきます。環境が安定した状況では、一つのルールのもとで格差が拡大していって、強いものだけが生き残るという残念な世の中になってしまうわけです。ですが、そこに、大きくなった植物が優先的に食べられるという条件が加わってくると、今まで競争に負けて残念な生活をしていた種にチャンスが生まれて、それらの植物も大きくなれるので、種の数が増えていくんです。ですが、さらにシカが増えて植物を食べ続けると、いずれはみんな食べられてしまうので種数は減っていきます。

これは、生態学で一般に言われている「中規模撹乱仮説」という非常に有名な学説です。私はその学説が学生時代に好きで、シカの密度の地図があると聞いた時にそのことを真っ先に思いついたんです。もしかしたらこういうパターンが出てくるんじゃないか、と宮下直先生(東京大学)にお話ししたら、それは面白いねということになりまして、それを検証してみたわけです。その論文が、私の業績の中では多く引用していただいているものになっていまして、ありがたいことに学会から賞もいただき、海外の方の有名な論文にも引用していただきました。今思っても、データを取られた千葉の方々と一緒に仕事ができれたことが非常に大きくて、他の方がデータを見られても気がつかなかったことが、私自身が学生時代に注意して考えていたことと重なって、良いイノベーションみたいなものができたと思います。それは自分のキャリアの中でも面白かったことで、成功談になりましたね。

苦労はしたけれどもGISやシミュレーションという新たなスキルを学んでいたことが、今に生きているのですね。

本当に、GISが使えなかったらこの研究もできていないです。シカの密度のデータは、点情報ではあったけれど、それを面に延ばす技術がその当時のチームにはなかったので、それを私が持ち込んで、全ての場所でシカ密度のある程度の推定値が計算できるようになり、その上でモデルを当てはめることができました。自分の中でいろいろなことが集約して行った感じがあってカタルシスを覚えましたね。そこから東京大学の研究室に通わせてもらって、演習林の教員の公募を受けたりして、現在に至ります。
いまは、ダメージを一回受けて崩壊した生態系がどういう風に回復していくのか、あるいは回復可能なのかということに興味があって、本研究室で精力的に取り組んでいます。


鈴木 牧(すずき まき)
  • 東京大学大学院 新領域創成科学研究科 環境学研究系
  • 自然環境学専攻 生物圏機能学分野
  • 准教授