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環境ビジネス情報

特集コラム ~サステナビリティとキャリア~

「越境」キャリアが切り開く、
これからの生態学

東京大学 自然環境学専攻 生物圏機能学分野
准教授 鈴木 牧 様

インタビュー キャリア

今生態学で注目されているテーマ、キーワードは何でしょうか?

手前味噌ですが、まさに自分が今やっているところだと思っています。地球環境が今すごい勢いで変化していますが、それぞれの生態系に対してダメージが与えられた時にその生態系がどこまでのダメージに耐えられるのか。ダメージがかかり続けた時に、生態系が徐々に弱っていくのか、それともティッピング・ポイントみたいなものがあって、そこを超えると急にカクンとシステムの状況が大きく劣化してしまうのか…ということが問題になっています。それに、ダメージを受けた後にどういう風に回復していくのか、そもそも本当に回復していけるのかということもですね。まとめて言うと「レジリエンス」というのが、一つキーワードになってきます。物理でもレジリエンスという概念がありますね。ある状態のシステムが他の状態に相転移を起こすことをレジームシフトといいます。物理の方で言われているカタストロフィの考え方のモデルを、生態学のほうに導入できるのではないかということが、1990年代ころから言われ始めました。生態系の状態のトランジションを大きく捉えて、それを実際のSDGsのような枠組みの中で当てはめて持続的な開発目標に生かしていけるのかということは、今一つのメインのトピックになっています。

SDGsの各目標の中でもレジリエンスは多く使われていますが、生態学の方でも研究のテーマとして関心が集まっているんですね。

そうならざるを得ないところだと思います。1970年代、1980年代はどうやってダメージを与えず、がっちり保護するかというところに焦点が置かれていたのですが、今世紀に入ってからは、どこまで耐えられるのかを定量的に表そうとする流れが出てきているように思います。

かつての自然観では、人間が全然手をかけない自然の林というのが一番良い、森は自然に良い状態になるという考え方が多かったと思います。しかし、例えば森林でいうと、実は日本の天然林というのは一回は人間が利用しているところが殆どです。その中でも江戸時代の昔から人間が何度も伐採している森林は、日本の国土の森林のかなりのウェイトを占めています。そういう所を全く人間が手を加えずにただ放置しておけば良い状態になるかというと、そうではない。遷移が進み、鬱蒼と暗い森になった時には、増えたシカのダメージに対して非常に脆弱な状態になってしまう。そういう所で、昔やられていたように薪などを取る伐採をやると、ちゃんと植物が生えてきて回復していく。森林のレジリエンスというのは、シカと森林の間で完結しているのではなく、人間をちゃんと入れて考えていかないといけません。人間と森林の付き合い方が変わってきたことも含めて考える必要があります。

「持続的な利用」は生態系の持続性にも関わっている,という視点の必要性を,研究室のメインのメッセージとしてやらせていただいているところです。

特定の領域に固執しなかった先生の越境的な学びとキャリアがあってこそ、SDGs含め、様々なことにアプローチできる今があるとお見受けします。今後どういう人材が求められてくるのか、SDGsの実現に向けて生態学を専攻する学生への期待についてもお聞かせください。

うちの研究室の卒業生はいろいろなところへ行っています。研究機関に行った人もいますし、金融、人材、コンサルや官僚になった人もいます。生態学は幅広い学問で、生物の研究だけをしていると思われがちですが、そうではなくて生物を通して人間を見ている、人間を通して生物を見ているところもあります。生態学は、人間の社会を生態系の中にどう位置付けていくのかを扱っているのだと思います。我々が基礎の研究を通して伝えたいのはそういうところで、ただ生物だけのことではありません。人間も半分は自然だけど半分は自然じゃない、生態系から自立しているようであって、生態系に引っ張られているところもある。半自律的に生態系と関わっている境界領域にあるような人間が、今後どういう風に他の生物と付き合っていき、自分たちを「支えながら引っ張っている」生態系とどう付き合っていくのか。そういう事を,官僚になった人も、企業に就職した人も、それぞれの立場で生態学のアイデアで考えていってもらうことで、SDGsの大きい目標を全体として下支えしていく。…ということになっていけば、すごくいいなと思います。ここで勉強した学生たちが、そういうアイデアを体感して出て行ってもらい、それぞれの業種の中で、それぞれの立場でものを考える時に、生態学者が持っている自然との関係性のイメージが世の中に伝わっていくのではと思っています。私の研究室に限らず、日本生態学会においても、そういったことを期待して、若い会員に様々なキャリアを選択してもらえる取り組みをしています。

生態学は、人間の社会を生態系の中にどう位置付けていくのかを扱っているのだと思います。

SDGsの目標はパッと読んでもわからない、多分一般の人には分かりにくいと思うんですけど、我々が読むと「そうだよね」ってなることが結構あります。実際考えたことがない人たちが「言われてもピンとこないな」という時に、ピンとくる人間が一人いて、これはこういうことだよと説明できれば、すんなり入っていけるということもあるんじゃないかと。生態系に関しては、一生懸命実験して、我々が言えるようになってきたこともありますが、SDGsには国と国との関係や個人と個人の関係などいろいろな難しい問題があります。そこの部分はそれぞれの専門家の人たちがそれぞれピンとくる部分があるだろうと思います。そういう人たちが少しずつ、分野を超えて繋がっていくことが大切だと思います。

貴重なお話をいただきありがとうございました。 記事掲載日:2018.12.20

鈴木 牧(すずき まき)
  • 東京大学大学院 新領域創成科学研究科 環境学研究系
  • 自然環境学専攻 生物圏機能学分野
  • 准教授